たのぶろ 〜たのしくはたらく夫婦のブログ〜

2020年、東京から箱根に移住!楽しく働いて気楽に子育てして箱根で暮らす、夫婦の日々を書きます。

性差別についての本を固め読みしてみた

夫です。箱根・仙石原は、しばらく続いた雨に少しは晴れ間を挟むようになりました。夏の気配の中でも涼しい風が心地よいです。
最近、読書サークルのようなLINEグループをつくって情報や感想の交換を始めました。そのおかげもあって久しぶりに読書が捗っています。
特にこの1ヶ月ぐらいで、ジェンダーの問題、性差別についての本を固め読みしてみました。

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すらすら読めるおもしろい本が多かった!

妻が強く関心を持っている分野で、夫婦で話している間にもっと知ってみようという気持ちになったのでした。
ぼくは身体的にも性自認も男性で、「ジェンダーについて意識しなくて生きていける特権」を持っています。
それでも、特に子育てを始めてから、モヤモヤすることはけっこうあるな、と感じています。

たとえば、
「(娘に対して)女の子だからピンクがいいわよね〜」
「(ぼくに対して)結婚して名字変えたの?婿入りってこと?」
「(夫婦に対して)パパが家事・育児をがんばっててえらいね!」
といったような周囲からの声かけです。
声をかけた相手に悪意がないということははっきりとわかります。
その人、というよりは、無意識にあるバイアス、その裏の社会の構造・前提からくる何かに、ぼくはモヤモヤするのです。

こういうモヤモヤを「あなた(たち)が変なんじゃないよ!」「世の中がおかしいんだよ!」と教えてくれたのが、この何冊かの本たちでした。そして、「あなたも加害者になった経験があるはずだよ」ということも。
固め読みを一区切りして思ったことのいくつかを書いておきます。

性差別について男性が発信することが大事

日本社会で長い間、残念ながら現在進行形で性差別を受けているのは、女性です。
「母」や「嫁」の役割を押し付けられ、抑圧されてきました。
だからこそ、この問題に対して男性が声をあげることは大事です。
だって、男性がつくってきたこの社会は、女性の声を無視することに慣れすぎているから。
「それはおかしいよ!」という声は、女性よりも男性が発した方が届きやすい可能性があるという、残念な現実があるから。
というのは妻から教えてもらったことでもあるのですが、ぼくも納得しています。やっていこうと思います。

誰かに生きづらさを押しつけることで成り立つ社会は嫌だ

ぼく自身は、性差別の被害にあった経験は微々たるものです。
それどころか、ジェンダーについて無意識で生きていられるという特権「男ボーナス」をずいぶんもらってきました。
「ああ自分はラッキーだ。関係なくてよかった〜」とは思えなくなりました。
直接の被害の有無にかかわらず、誰かに生きづらさを押しつけることで成り立つ社会は嫌です。
その構造の中で生きているのも自分で、つまりその状態に加担しているとも言えるのです。
「そんなの嫌だ!」という気持ちは、ぼくの中の日々の原動力のひとつになっています。
こういう気持ち、怒り・反発を、ちゃんと保存しておいて、ときに放っていきたいと思います。
冷蔵庫に入れておいて、いつでも取り出してレンジでチンしてテーブルに出せるようにしておきます。

じゃあ、どうする?

いろいろ学び、自分の中の怒りを認識して、じゃあ、どうする?
どうすれば世の中は変わっていく?
それはなかなか難しい問いです。本を読むほどに、長い間そこに対して戦ってきた先輩たちがたくさんいることがわかります。
それでもなんとか、ぼくの日常の小さな行動から変えていきたいと思います。

ひとつは、性差別に直面したときに愛想笑いをせず、なるべくノータイムで打ち返すこと。
「真顔」や「おうむ返し」や「◯◯さんはそう思うんですね」といったボールを。

それと、娘たちとちゃんと話すこと。
おそらく「女の子なんだから〜」「パパは〜、ママは〜」と性別で切り分けて何かを伝えた方が、ラクだとは思います。
思考をやめて押しつけていた方が、いまある構造に乗っかることで、簡単に娘たちをコントロールできる気はします。
でも、やっぱりそれは嫌です。
娘たちは日々、いろいろな形で「悪意なき差別・偏見」にその身をさらしています。
「ぼくはそれはおかしいと思う」「それはね、誰かを傷つけることなんだよ」という、ある意味で面倒な対話を、諦めずに続けていきたいと思います。


ちょっと長くなりましたが、ここでぼくが書いたことにちょっと興味を持ってくれたら、写真にあげた本のどれかを読んでみてください!
どれも、とっても素敵におもしろい本ですよ。