たのぶろ/コーチングと森林浴と、ジェンダーと

自分を大切にするために、一歩踏み出すエッセンスをお届けしています。

「インテグラル理論」と子育て

夫です。
先日「インテグラル理論 多様で複雑な世界を読み解く新次元の成長モデル」(ケン・ウィルバー (著), 加藤洋平 (監訳), 門林奨 (翻訳) )という本を読みました。
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書籍自体は、組織論、人材育成、社会課題解決、政治、宗教などなど多岐にわたって学びになる、良い本でした。
その中心テーマのひとつに「成人発達理論」があったのですが、ぼくにとってすごく大切な気づきがありました。
いろいろ端折りますが、だいたいこんな感じ。

  • あらゆる「発達」は必ず「段階」を順に経験する
  • 各段階を十分に「味わう」ことで次の段階への扉が開く
  • 発達に「一足飛び」を求めることはできない
  • すべての発達段階を尊重し「健全」であることを応援する

これってすごく、子育てする親として大切だと思うんですね。
親としては数十年の人生経験を経ているので、守るべき良識・ルールがある程度身についているし、いろんなことの経験則も理論もあるし、自分だけではなく他者を思いやろうとする。で、それを子どもにも求めちゃうんですよね。
「これは約束ね」「こうした方がうまくいくよ」「パパやママの気持ちも考えてよ」なんて。ぼくもつい言っちゃいます。
それ自体は子どもにある種の適応・順応をうながすので、別に悪いことばかりではないとは思うんですけど。
でも、前述した発達段階のセオリーを考えると、そういう声かけには、(書いてて自分が痛いんですけど)たぶんあんまり意味ないんですね。
ルールなんか知ったこっちゃない剥き出しの生き物だし、なんでもゼロからどんどん試しているし、自分と他者の区別もついていない(なので相手の立場を想像できない、というのはいろんな研究でわりと自明みたいです)、というのが5才か6才ぐらいまでの子どもの事実らしいんですね。
どんな暴君みたいなふるまいをしていても、親や周囲への悪意なんかさらさらないし、「それはそういうもん」っていうことだと。

・・・っていうのをついつい忘れてイライラしちゃうのが日常なんですけども。
だから、自戒のために、改めて本を読んで気づいたことを子育てに結びつけてここに書いておきます。

  • 子どもの「発達」には必ず「段階」がある
  • 大人から見ると「なんでそんなこと」と思ったとしても、子どもはその段階を味わっている途中にある
  • 「自分(親)と同じぐらいのルール・合理性・他者視点を早く身につけてもらう」のは無理だし、手放した方がお互いに健全
  • 「ああ〜、いま発達段階を健全に味わってすごい吸収してるね〜」ぐらいの気持ちで応援しつつ関わっていれば、過度に口を出さなくてもいずれ成長も適応もしてくれる(はず)